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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)170号 判決

原告 甲野春夫

〈ほか五名〉

右原告六名訴訟代理人弁護士 新美隆

同 小野正典

被告 関東郵政局長 加藤裕策

被告 東京郵政局長 榎本利雄

右被告両名指定代理人 梅村裕司

〈ほか四名〉

右被告関東郵政局長指定代理人 横村照雄

〈ほか三名〉

右被告東京郵政局長指定代理人 廣瀬義一

〈ほか三名〉

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らが原告らに対してなした別紙一記載の各懲戒免職処分はいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

原告甲野春夫(以下「原告甲野」という。)は和光郵便局集配課に、同乙山夏夫(以下「原告乙山」という。)は千葉郵便局第一集配課に、同丙川秋夫(以下「原告丙川」という。)は晴海通常郵便集中局発着課に、同丁原冬夫(以下「原告丁原」という。)は中原郵便局第二集配課に、同戊田松夫(以下「原告戊田」という。)は草加郵便局第一集配課に、同甲山竹夫(以下「原告甲山」という。)は中原郵便局第三集配課にそれぞれ勤務する郵政事務官である。

2  本件懲戒免職処分の存在

被告らは原告らに対して、別紙二記載の処分理由をもって別紙一記載の各懲戒免職処分(以下「本件懲戒免職処分」という。)をなした。

3  結論

しかし、本件懲戒免職処分はいずれも違法なものであるから、原告らは、被告らに対し右処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、原告らが別紙一記載の処分年月日までその主張の職にあったことは認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3は争う。

三  被告らの主張(本件懲戒免職処分の理由及び同処分をするに至った経緯)

1  いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争(以下「いわゆる三・二六事件」ともいう。)の概要

(一) 新東京国際空港(以下「成田空港」ともいう。)は、昭和三〇年代以降急速な成長発展を遂げた経済成長、国際交流、航空機技術等に基づく国際的及び国内的民間航空輸送に対する需要の増大により、その処理能力の限界に達した東京国際空港(羽田)の混雑状況を解消し、右処理能力を超えている航空輸送のひっ迫した需要を満たし、かつ航空輸送の安全性を確保するため、新東京国際空港公団による国家的事業として、昭和四〇年代以降着々とその建設が進められてきた。そして、昭和五三年三月には第一期全工事が完了し、同月三〇日には内閣総理大臣出席のうえ開港記念式典を挙行し、我が国航空史上輝かしい第一歩を踏み出すばかりとなっていた。

ところが、この成田空港開港に反対し、実力による開港絶対阻止を標榜する反対諸勢力は、同年三月に入ってから随所において成田空港関係諸施設や、これの警備にあたる警察官などに対し、火炎びんその他による無法な破壊活動や攻撃を展開し、同月中旬ころから同月二六日以降全勢力を結集し、開港絶対阻止のために立ち上る態勢固めを進めていた。

また、警察は、このような不穏な事態に対し、機動隊員約一万四〇〇〇名を配備して厳戒体制をとった。

(二) 昭和五三年三月二六日、成田空港の管制塔の占拠、破壊等を目的とする、いわゆる過激派集団は、各種の役割ごとに編成され、同日午後一時ころから同空港内外の各所において同時多発的に行動を開始し、警備にあたる警察官らに対して火炎びんや石塊を投げつけ、鉄パイプなどで殴りかかるなどの攻撃を行う激しいゲリラ活動を繰りひろげた。すなわち、空港内においては、京成空港駅付近のマンホールから侵入して空港の中枢的施設である空港管制塔に突入し、同管制塔一六階の管制室内の管制卓やマイクロ回線その他の重要管制機器を破壊しつくし、あるいは第九ゲート及び第八の一ゲートから侵入して空港管理ビル、空港警察署あるいは機動隊仮宿舎等を攻撃し、また、空港外においては、東峰十字路付近、横堀要さい付近等において警備にあたる機動隊員らに対して火炎びんや石塊を投げつけ、鉄パイプなどで殴りかかるなどの激しい攻撃を約三〇分にわたり繰り返した。この結果、空港機能は麻痺し、予定された開港も延期せざるを得なくなった。

(三) この三月二六日の、いわゆる過激派集団による管制塔等関係諸施設に対する破壊活動や、警備中の警察官に対する火炎びん等による攻撃等、無軌道極まりない暴力行為の実態と多数の被逮捕者が出たことが、同日以降新聞、テレビ、ラジオ等で生々しく報道されたが、同月二七日の読売、朝日、毎日の各新聞朝刊の一面には、「過激派、成田管制室を破壊」という同一見出しで、管制室を占拠した六名の侵入経路、航空管理施設をハンマーで破壊した状況及び逮捕状況などが写真入りで詳細に報道された。

そして、まもなく被逮捕者の中に本来国民全体の奉仕者として法令を遵守し、公共の利益のために職務に専念すべき立場にある公務員多数が含まれていることが判明し、同年四月二日以降、新聞等報道機関は、「管制塔襲撃は公務員集団」(朝日新聞)、「突撃隊主力に公務員」(東京新聞)、「郵便局員が二人」「過激派の温床……公務員」(東京新聞)などと大々的に報道し、国民から厳しく非難されるに至った。

(四) 第八四回通常国会においては、前記三月二六日の新東京国際空港における極左暴力集団の不法行為について、同月二九日参議院、翌三〇日衆議院で国務大臣から極左暴力集団の無法極まりない暴力、破壊行為について、その事案の報告がなされ、更に、同年四月六日衆議院で、同月一〇日参議院で、それぞれ「過激派集団の空港諸施設に対する破壊活動は、明らかに法治国家への挑戦であり、平和と民主主義の名において許し得ざる暴挙である。政府は暴力排除に断固たる処置をとるべきである。」旨の新東京国際空港問題に関する決議案が超党派で決議された。

2  いわゆる五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争(以下「いわゆる五・二〇事件」ともいう。)の概要

(一) 政府は、昭和五三年四月四日新東京国際空港関係閣僚会議を開き、成田空港の新たな開港日を同年五月二〇日、運行開始日を同月二一日とすることを決定するとともに、同空港の安全対策、いわゆる過激派取締りの強化などを盛り込んだ「新東京国際空港の開港と安全確保対策要綱」を決め、同月二〇日の出直し開港日を目ざして着々と準備を進めた。そして、成田空港は、同月二〇日約一万三〇〇〇人の機動隊に守られる異常な雰囲気の中で、運輸大臣出席のもとに開港式典を行い、同日から二四時間の管理体制に入った。

(二) これに対し、出直し開港粉砕を叫ぶ反対諸勢力は、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争におけるいわゆる過激派集団の空港諸施設の破壊活動に対してごうごうたる非難のある中で、再び五月一八日から同月二二日までを五日間闘争として二〇日を最大のヤマ場に設定し、全国各地から動員されたいわゆる過激派は、航空関連施設や空港への交通機関の破壊活動を展開するとともに、五月二〇日夜、空港周辺、航空関連施設に対し、同時多発のゲリラ的破壊活動に出た。すなわち火炎びん、鉄パイプなどで武装した約一三〇〇人のいわゆる過激派は、二〇日午後七時ころ、火炎びんを満載したトラックを先頭に二手に分かれて行動を開始し、そのうちの一隊約六〇〇人が空港第五ゲートから空港への突入を図り、火炎びんを投げつけるなどして警備の機動隊と衝突、付近一帯は大混乱に陥った。また、いわゆる過激派約一二〇名が同空港から約一五キロメートル離れた運輸省航空局山田航空レーダー局を襲撃して火炎びんを投げつけるなどしたほか、千葉県夷隅郡御宿町の超短波無線標識所も、火炎びんと鉄パイプで武装した二〇ないし三〇人のいわゆる過激派が襲撃し諸施設を破壊した。

(三) この五月二〇日の、いわゆる過激派集団による成田空港関係諸施設に対する破壊活動や警備中の警察官に対する火炎びん等による攻撃等、無軌道極まりない暴力行為の実態と多数の被逮捕者が出たことが、同日以降新聞、テレビ、ラジオ等で生々しく報道され、まもなく同年三月二六日の事件と同様被逮捕者の中に公務員多数が含まれていることが判明し、同年五月三〇日以降新聞等報道機関は「川崎の郵便局員ら」(サンケイ新聞)などと大々的に報道し、国民から厳しく非難されるに至った。

3  原告らの逮捕・勾留・起訴

(一) 原告甲野、同乙山

(1) 原告甲野、同乙山は、昭和五三年三月二六日のいわゆる成田空港管制室占拠事件に参加し、同管制室内で逮捕されたものである。

(2) 同年四月一六日、千葉地方検察庁(以下「千葉地検」という。)は千葉地方裁判所(以下「千葉地裁」という。)に対し、原告甲野、同乙山を、兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、傷害、建造物侵入、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反、建造物損壊、威力業務妨害、航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律違反の各罪名により公訴を提起したが、その公訴事実の要旨は次のとおりである。

「被告人は多数の者と共謀のうえ、

① 昭和五三年三月二六日午後一時一〇分過、千葉県成田市大字古込地先路上から、新東京国際空港管理棟玄関に至る間において、警備中の多数の警察官並びに管理棟の設備等に共同して危害を加える目的をもって多数の火炎びん・鉄パイプ・ハンマー・バールなどの兇器を準備して集合し

② 前記日時・場所において、被告人らを逮捕しようとした警察官十数名に火炎びんを投げつけるなどの暴行を加えて、その職務の執行を妨害し、警察官一名に傷害を負わせ

③ 前記日時ごろ、排水溝のマンホール内から新空港管理棟内に侵入し、共同してパラボラアンテナ、導波管及びマイクロウエーブ送受信装置等を鉄パイプ等で叩き、火炎びんを投げつけて破壊するなどして業務妨害するとともに航空の危険を生じさせ

たものである。」

(二) 原告丁原、同丙川

(1) 原告丁原、同丙川は、昭和五三年三月二六日のいわゆる成田空港襲撃事件に参加し、同空港構内で逮捕されたものである。

(2) 同年四月一六日、千葉地検は千葉地裁に対し、原告丁原、同丙川を兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、傷害の各罪名により公訴を提起したが、その公訴事実の要旨は次のとおりである。

「被告人は、多数の者と共謀のうえ

① 昭和五三年三月二六日午後一時三〇分過、千葉県成田市古込所在の新東京空港警察署前路上付近において、警備中の多数の警察官らに共同して危害を加える目的で、火炎びん・鉄パイプ・石塊などの兇器を準備して集合し

② 前記日時・場所において、前記警察官らに対し鉄パイプで殴打し、石塊・火炎びんを投げつけるなどして右警察官らの職務の執行を妨害し、多数の警察官らに傷害を負わせ

たものである。」

(三) 原告戊田

(1) 原告戊田は、昭和五三年三月二六日の一連の警察官に対する火炎びん等攻撃に参加し、千葉県成田市東峰三〇付近において逮捕されたものである。

(2) 同年四月一六日、千葉地検は千葉地裁に対し、原告戊田を兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、傷害の各罪名により公訴を提起したが、その公訴事実の要旨は次のとおりである。

「被告人は、多数の者と共謀のうえ

① 昭和五三年三月二六日午後一時三〇分過、千葉県成田市古込所在の新東京空港警察署前路上付近及びその周辺において、警備中の多数の警察官に共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん・鉄パイプ・石塊等の兇器を準備して集合し

② 前記日時ころ、前記場所付近において、前記警察官らに対し、鉄パイプで殴打し、多数の火炎びん・石塊を投げつけて右警察官の職務の執行を妨害し、多数の警察官に傷害を負わせ

たものである。」

(四) 原告甲山

(1) 原告甲山は、昭和五三年五月二〇日の空港第五ゲート付近での警察官に対する火炎びん等攻撃に参加し、千葉県山武郡芝山町大里一八付近において逮捕されたものである。

(2) 同年六月一〇日、千葉地検は千葉地裁に対し、原告甲山を兇器準備集合、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害、傷害の各罪名により公訴を提起したが、その公訴事実の要旨は次のとおりである。

「被告人は、多数の者と共謀のうえ

① 昭和五三年五月二〇日午後七時一五分ころから同七時五五分ころまでの間、千葉県成田市東三里塚字中之台地先路上及びその周辺において、警備中の多数の警察官らに対し、共同して危害を加える目的をもって、多数の火炎びん・石塊・劇物であるクロロピクリン入りの小びん・鉄パイプなどの兇器を準備して集合し

② 前記日時ころ、前記路上及びその周辺において、前記警察官らに対し、鉄パイプで殴打し、多数の火炎びん・石塊・劇物であるクロロピクリン入りの小びんを投げつけるなどの暴行を加え、警察官らの職務の執行を妨害し警察官一八名に傷害を負わせ

たものである。」

4  被告らの調査及び本件懲戒免職処分の発令など

被告両名は、本件懲戒免職処分の発令に先立ち、原告らが別紙二記載の処分理由のとおりの犯行を行ったものと認定したが、その認定経過並びに本件懲戒免職処分をするに至った経緯は次のとおりである。

(一) 原告甲野

(1) 原告甲野の勤務する和光郵便局の局長伊藤松尾(以下「伊藤局長」という。)が、昭和五三年三月三一日付サンケイ新聞朝刊に掲載されたいわゆる三・二六事件の被逮捕者の顔写真中に原告甲野を発見した。

(2) 同年四月一日、被告関東郵政局長の指示に基づき、伊藤局長の命を受けた和光郵便局庶務会計課長野口文男(以下「野口課長」という。)及び同局集配課長真鍋求(以下「真鍋課長」という。)は、原告甲野と思われる被逮捕者が勾留されていた千葉県警千葉中央警察署に赴き、同人が原告甲野であることを確認し、取調担当官である同県警察本部刑事部捜査一課警部補高木洋(以下「高木警部補」という。)から事情を聴取し、原告甲野は同年三月二六日の管制塔襲撃事件に参加し、管制室で現行犯逮捕されたものであること及びその犯行は兇器準備集合罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪、建造物侵入罪等に該当することを確認した。

(3) 被告関東郵政局長は、野口課長らの前記調査結果に基づき原告甲野に対する懲戒処分の要否を慎重に検討した結果、原告甲野は、三・二六の前記成田空港開港阻止闘争に参加して、前記4(一)(2)記載のとおりの犯行を行ったものと認定し、右行為は極めて悪質な暴力的破壊行為で法治国家として到底許容し得ない極めて反社会性の強いものであり、郵政職員として官職の信用を著しく失墜させたばかりでなく、国民全体の奉仕者として誠にふさわしくない非行であるから、同人を懲戒免職処分に付すことが相当であると判断し、同年四月四日、同人に対する本件懲戒免職処分を発令した。

(4) そこで、同日野口課長らが、原告甲野に対する本件懲戒処分書及び処分説明書を持参して、原告甲野が勾留されていた千葉中央警察署を訪れて同人に面会し、懲戒処分書及び処分説明書を読み上げたうえ、その交付手続を行った。

(二) 原告乙山

(1) 被告関東郵政局長の原告乙山の非違行為についての認定経過は、原告甲野についての経緯と同様である(ただし、千葉中央警察署に赴いたのは、千葉郵便局庶務課長篠田久蔵((以下「篠田課長」という。))及び同局第一集配課長伊藤孫一((以下「伊藤課長」という。))である。)。

(2) 被告関東郵政局長は、原告乙山についても原告甲野と同様の犯行を行ったものと認定し、右行為を前記4(一)(3)と同様に判断して、昭和五三年四月四日、原告乙山に対する本件懲戒免職処分を発令した。

(3) そこで、同日篠田課長らが、原告乙山に対する本件懲戒処分書及び処分説明書を持参して、同人が勾留されていた千葉中央警察署を訪れて同人に面会し、懲戒処分書及び処分説明書を読み上げたうえ、その交付手続を行った。

(三) 原告丁原

(一) 昭和五三年三月三〇日、中原郵便局第二集配課職員上原正光から同局第二集配課課長鈴木英治(以下「鈴木課長」という。)に対し、原告丁原は逮捕されたので当分の間出勤できない旨の申告があり、更に同年四月四日には、右上原から原告丁原作成名義の勾留中のため出勤できない旨の休暇届が提出された。

(2) 同年四月五日、被告関東郵政局長の指示に基づき、中原郵便局長古田土正治(以下「古田土局長」という。)の命を受けた同局庶務会計課長文田十吉(以下「文田課長」という。)と鈴木課長は、原告丁原と思われる被逮捕者が勾留されていた千葉県警東金警察署(以下「東金署」という。)に赴き、同人が原告丁原であることを確認し、取調担当官である千葉地検検事渡辺友一(以下「渡辺検事」という。)から事情を聴取し、原告丁原は同年三月二六日、第八ゲートを突破して空港構内に乱入し、空港管理ビル下付近において現行犯逮捕されたものであること及びその犯行は兇器準備集合罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪等に該当することを確認した。

(3) 被告関東郵政局長は、原告丁原についても前記4(三)(2)記載のとおりの犯行を行ったものと認定し、右行為を前記4(一)(3)と同様に判断して同月一五日同人に対する本件懲戒免職処分を発令した。

(4) そこで、同日文田課長らが、原告丁原に対する本件懲戒処分書及び処分説明書を持参して、原告丁原が勾留されていた東金署を訪れて同人に面会し、懲戒処分書を交付しようとしたが、同人が「弁護士以外の者とは接見を拒否します。」と述べたため、懲戒処分書等を直接本人に交付することが不可能となった。このため、原告丁原に交付すべき懲戒処分書及び処分説明書を配達証明付書留速達扱いの郵便物として郵送したところ、同郵便物は同日原告丁原に配達された。

(四) 原告戊田

(1) 昭和五三年四月五日草加郵便局の庶務会計課長黒田哲夫(以下「黒田課長」という。)らは、千葉県警察八日市場警察署に赴き、原告戊田が同警察署に勾留されていることを確認し、同人から直接事情聴取を行ったところ、同人は、本件に係わる行為について何ら弁解することもなく、犯行を否認する言動はいっさいしなかった。

(2) 同日、右黒田課長らは、千葉県警察本部第二機動隊捜査第二課に赴き、取調べ担当警察官である同課課長補佐大阪也から事情聴取したところ、①原告戊田は、昭和五三年三月二六日、多数の者と共同して成田空港及びその周辺を警備中の警察官に立ち向い、投石し、鉄パイプを使って襲いかかったグループの一人であり、逃げていくところを成田市東峰三〇付近において、警備中の機動隊員に現行犯逮捕されたこと、②容疑罪名は、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反等であり、起訴の見通しについては四月一五日ころ明らかになること、③逮捕時の服装、所持品等は、容疑事実に沿うものであること等が判明した。しかし、原告戊田が火炎びんを投げていたかどうかなどの個別行為については不明のため、現在取調べ中とのことであった。

(3) 被告関東郵政局長は、右調査結果から、原告戊田がいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加し、多数の者と共同して極めて悪質な犯罪行為を行い逮捕されたことは一応明らかであったが、逮捕された場所が同空港構外であるうえ、個別行為について不明な点もあることから、非違事実の認定に当たり慎重を期することとした。

(4) その後、被告関東郵政局長は千葉地検が同月一六日、原告戊田を千葉地裁に起訴したとの情報を得たので、同月一七日黒田課長らを千葉地検に赴かせ、公訴事実の内容を聴取させたところ、前記三3(三)(2)記載の公訴事実が明らかとなり、その内容も、右調査結果と符合するものであった。更に、右公訴事実には、多数の警察官に傷害を負わせたという傷害罪が追加されていることも判明した。

(5) 我が国において起訴された事件の有罪率が高いことは公知の事実であり、前述した被告側の調査結果と併せ考えると、原告戊田が、新聞、テレビ等で大大的に報道されたいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加したうえ、火炎びん投てきなどによる警備中の警察官の襲撃という集団暴力行為を敢行した集団の一員としてこれに加担し、現行犯逮捕されたものであることが明白であり、これを疑う余地はなかった。

(6) 被告関東郵政局長は、原告戊田の非違行為が、前記のとおりその罪状が明白であって、かつ、その情重く、国家公務員法(以下「国公法」という。)八二条一、三号に該当することから、公務秩序の維持の必要があるため、同法八五条所定の手続を経たうえで、原告戊田を懲戒免職処分に付すことにした。

(7) 被告関東郵政局長は、昭和五三年四月一七日、原告戊田を懲戒処分に付すべく、国公法八五条に基づく懲戒手続の進行について人事院の承認を得るため、関係書類を添えて郵政省人事局長あて上申した。そこで、郵政事務次官は、同日付で人事院事務総長あて同手続を申請したところ、同月一八日、同事務総長から同事務次官あて、文書をもって承認された。

(8) 同被告は右人事院の承認通知を受けたので、同月一九日付をもって原告戊田を懲戒免職処分に付し、同日黒田課長らを千葉刑務所に赴かせ、原告戊田に面会のうえ、右懲戒免職処分を執行した。

(五) 原告甲山

(1) 中原郵便局の古田土局長は、原告甲山が、昭和五三年五月二一日は週休日であったが、同月二二日になっても出勤せず何の連絡もなかった等の事情からして、同人がいわゆる五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争に参加し逮捕されたのではないかと考え、同月二三日文田課長を神奈川県警察本部(以下「神奈川県警」という。)に赴かせ、右事件の被逮捕者の顔写真を閲覧させたところ、その中に原告甲山と思われる者を認めた。

(2) 同月二五日、被告関東郵政局長の指示に基づく古田土局長の命により文田課長らが千葉刑務所に赴き、問題の被逮捕者が原告甲山本人であることを確認する一方、関東郵政局調査官奥平己之助(以下「奥平調査官」という。)が千葉県警に赴き、取調担当官から原告甲山の逮捕時の状況等について事情聴取を行った。

この結果原告甲山は、同月二〇日午後七時四六分ころ千葉県山武郡芝山町大里一八先空地において、火炎びん及び鉄パイプ等を所持して集合し、警備中の機動隊員に対し、多数の火炎びんを投てきするなどした集団の一員であり現行犯逮捕されたものであること、及びその犯行は、兇器準備集合罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪等に該当することを確認した。

(3) 被告関東郵政局長は、原告甲山についても前記三4(五)(2)記載のとおりの犯行を行ったものと認定し、右行為を前記三4(一)(3)と同様に判断し、同月三一日同人に対して本件懲戒免職処分を発令した。

(4) そこで、同日文田課長らが、原告甲山に対する本件懲戒処分書及び処分説明書を持参して原告甲山が勾留されていた千葉刑務所を訪れて担当係官を通じて原告甲山に懲戒処分書等を交付しようとしたところ、同人が受領を拒否したため、右懲戒処分書及び処分説明書を、配達証明付書留速達扱いの郵便物として郵送し、同郵便物は同日同人に配達された。

(六) 原告丙川

(1) 昭和五三年三月二八日及び同月三〇日、いずれも原告丙川の友人と称する者から晴海通常郵便集中局発着課長今川勇一(以下「今川課長」という。)に対し、原告丙川は三月二六日に逮捕されたため出勤できない旨の電話連絡があった。

(2) 同年四月三日、晴海通常郵便集中局長鍵和田茂夫(以下「鍵和田局長」という。)の命を受けた同局庶務会計課主事中野実(以下「中野主事」という。)が千葉県警へ赴き、被逮捕者の顔写真を閲覧して、原告丙川と思われる者を認めた。

(3) 同年四月四日、被告東京郵政局長の指示に基づく鍵和田局長の命により同局庶務会計課長数納保徳(以下「数納課長」という。)らは千葉刑務所に赴き、問題の被逮捕者と接見して、同人が原告丙川本人であることを確認するとともに、取調担当検察官である千葉地検検事松本和宏(以下「松本検事」という。)から逮捕時の状況等について事情聴取を行った。

この結果、原告丙川は、同年三月二六日午後一時五六分ころ一般の立入りを禁止された新東京国際空港構内に約三〇〇人の集団とともに第八ゲートを突破して侵入し、火炎びんを投げながら空港管理ビル付近まで達したが、機動隊に規制されて後退する途中、右ゲート付近で逮捕されたものであること及びその犯行は、兇器準備集合罪、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、公務執行妨害罪、建造物侵入罪等に該当するものであることを確認した。

(4) 被告東京郵政局長は、前記調査結果に基づき原告丙川に対する懲戒処分の要否を慎重に検討した結果、原告丙川は、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加して前記三4(六)(3)記載のとおりの犯行を行ったものと認定し、右行為を前記三4(一)(3)と同様に判断し、同年四月一五日同人に対する本件懲戒免職処分を発令した。

(5) そこで、同日数納課長らが、原告丙川に対する本件懲戒処分書及び処分説明書を持参して原告丙川が勾留されていた千葉刑務所を訪れて同人に面会し、懲戒処分書及び処分説明書を読み上げたうえ、その交付手続を行った。

5  結論

原告らが、いわゆる三・二六あるいは五・二〇成田空港開港阻止闘争に参加し、多数の者とともに兇器準備集合罪等々の刑罰法令違反行為に及んだことは前記のとおりであり、原告らのかかる本件懲戒免職処分理由事実たる非違行為(以下「本件非違行為」という。)は、国家公務員たる郵政職員としてはもとより、一般市民としても許すことのできないものであることはいうまでもないことであり、またかかる所為に出ることが郵政職員として官職の信用を著しく傷つけ、かつ郵政事業全体の社会的評価、信用を甚だ害するものであり、現に広く新聞等によって報道されたことにより、これらを害したことが明らかであるから、右行為は国公法九九条の「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」に違反して同法八二条一号に該当し、また同法八二条三号「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があった場合」に該当する。

四  原告らの、被告らの主張(本件懲戒免職処分の理由及び同処分をするに至った経緯)に対する認否

1  被告らの主張1及び同(2)の事実は、不知ないし争う。

2(一)(1) 被告らの主張3(一)(1)の事実中、原告甲野、同乙山が、昭和五三年三月二六日、成田空港管制室内で逮捕されたことは認める。

(2) 同3(一)(2)の事実は認める。

(二)(1) 同3(二)(1)の事実中、原告丁原、同丙川が、昭和五三年三月二六日、成田空港構成で逮捕されたことは認める。

(2) 同3(二)(2)の事実は認める。

(三)(1) 同3(三)(1)の事実中、原告戊田が、昭和五三年三月二六日、千葉県成田市東峰三〇付近において逮捕されたことは認める。

(2) 同3(三)(2)の事実は認める。

(四)(1) 同3(四)(1)の事実中、原告甲山が、昭和五三年五月二〇日、千葉県山武郡芝山町大里一八付近において逮捕されたことは認める。

(2) 同3(四)(2)の事実は認める。

3(一)(1) 被告らの主張4(一)(1)、(2)の事実は不知。

(2) 同4(一)(3)の事実中、昭和五三年四月四日に原告甲野に対して本件懲戒免職処分が発令されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3) 同4(一)(4)の事実は認める。ただし、原告甲野は本件処分書及び処分説明書の受領を拒否した。

(二)(1) 同4(二)(1)の事実は不知。

(2) 同4(二)(2)の事実中、昭和五三年四月四日に原告乙山に対して本件懲戒免職処分が発令されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3) 同4(二)(3)の事実は認める。ただし、原告乙山は本件処分書及び処分説明書の受領を拒み、千葉郵便局次長らは右各書面を持ち帰った。

(三)(1) 同4(三)(1)、(2)の事実は不知。

(2) 同4(三)(3)の事実中、昭和五三年四月一五日に原告丁原に対する本件懲戒免職処分が発令されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3) 同4(三)(4)の事実は認める。

(四)(1) 同4(四)(1)ないし(5)の事実は不知ないし争う。

(2) 同4(四)(6)の事実中、被告関東郵政局長が原告戊田を本件懲戒免職処分に付したことは認め、その余は争う。

(3) 同4(四)(7)の事実は不知。

(4) 同4(四)(8)の事実中、被告関東郵政局長が昭和五三年四月一九日付で原告戊田を本件懲戒免職処分に付したこと、同日黒田課長らが千葉刑務所において、原告戊田に面会のうえ、右懲戒免職処分を執行したことは認める。ただし、原告戊田は本件懲戒免職処分書及び処分説明書の受領を拒否した。

(五)(1) 同4(五)(1)、(2)の事実は不知。

(2) 同4(五)(3)の事実中、昭和五三年五月三一日に原告甲山に対して本件懲戒免職処分が発令されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3) 同4(五)(4)の事実は認める。ただし、原告甲山は郵送された懲戒処分書及び処分説明書の受領を拒否した。

(六)(1) 同4(六)(1)ないし(3)の事実は不知ないし争う。

(2) 同4(六)(4)の事実中、昭和五三年四月一五日に原告丙川に対して本件懲戒免職処分が発令されたことは認め、その余は不知ないし争う。

(3) 同4(六)(5)の事実は認める。ただし、原告丙川は本件懲戒処分書及び処分説明書の受領を拒否した。

4  被告らの主張5は争う。

五  原告らの主張

本件各懲戒免職処分は、以下の理由によりいずれも違法であるから、取消すべきである。

1  内容上の違法

原告らの行為は、国公法八二条一号及び三号に該当しない。

(一) 成田空港の建設及びその開港は、地元農民の意向を全く無視して空港建設がなされたこと、農民の反対を機動隊の暴力をもって封じてきたこと、空港建設の公共性がないこと、空港が軍事的性格を帯びていること等々、数々の違法、不当性を蔵している。原告らの行為は、かかる違法、不当な空港の建設と開港に対して身をもって反対し国民の抵抗権を行使したもので正当なものである。

(二) 職務遂行とは関係のない職場外の私的な行為については、国公法上の服務規律は及ばないものと解すべきところ、原告らの本件行為は正にかかる職場外の私的な行為にほかならないから、同法八二条一号及び三号に該当しない。

(三) 仮に、国公法八二条一号及び三号が職場外の私的な行為をもその規律の対象としているとしても、

(1) 原告らの本件行為は、同法九九条の「その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為」に該当せず、したがって、同法八二条一号にも該当しない。

すなわち、原告らが従事した郵便関係業務は、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)二条にいう、いわゆる五現業の一つであり、郵政省をその担当機関とする国の経営する企業にほかならない。右業務は、本来行政権力(公権力)の行使とは無縁な私的経済活動であって、私企業のなす業務とその本質において何ら変わるところはない。この事業に従事する、いわゆる現業国家公務員の勤務関係も、その経済的性格からして私企業労働者と同質である。原告らは、かかる郵政業務の最末端に位置し、肉体的かつ機械的労働に従事していたものである。このような原告らの地位とその職務の性質とを前提にしたうえで、原告らの本件行為についてみると、右行為はその動機・目的からして、公務員としての地位を利用しようとしたものでは毛頭なく、かつ、その従事する職務とも全く関係を有しないものであるから、たとえそれが刑罰法令に触れ、違法の評価を受けたとしても、郵便事業の企業秩序やその客観的社会評価を害したものとはいえない。

被告らは、原告らの逮捕直後の新聞報道などを掲げて官職の社会的評価の低下の証しとするかの如くであるが、これらマスコミの報道姿勢は興味本位で無責任なものにすぎず、三里塚の問題を正当に反映するものとは到底言い難い。

(2) 原告らの本件行為は、国公法八二条三号に規定する「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」にも該当しない。

すなわち、「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」とは、客観的に企業の職場秩序に直接的に相当重大な害を与える程度の「非行」でなければならず、職場外の「非行」の場合にあっては、一般国民がその職務の公正に強い不信をいだき、これによって職務遂行が害されるおそれが認められるものでなければならない。しかるに、原告らの本件行為は前記のように職場外の「非行」であって、一般国民がその職務の公正に強い不信をいだき、これによって職務遂行が害されるおそれが認められるに至っていない。

2  手続上の違法

(一) 懲戒事由認定手続の違法性

(1) 懲戒処分はその性格からして当該職員に著しい不利益を科すものであるから、同処分をなすにあたっては予め懲戒事由に該当すると認められる行為の態様のほか、その原因、動機、状況、結果等が客観的に人をして納得せしめるに足る十分な資料をもって確定されることが必要である。特に、本件の如き懲戒免職処分にあっては、職員を企業外に排除し、生活の基盤を奪い、その後の社会生活にも重大な影響を与える最も厳しい処分であるから、右の諸点の認定については一層厳格かつ慎重でなければならない。この要請は、懲戒事由を法律上明記することによって懲戒権者の恣意的な権限行使を排斥して職員の身分を保障しようとする制度の趣旨及び「職員の懲戒については公正でなければならない。」と根本基準を明示する国公法七四条一項の規定からも明らかなところである。

(2) しかるに、被告らにおいて原告らの行為事実を認定したとする資料は、結局、その職員に命じて、原告らの勾留中の警察署等に赴かせて警察官や検察官(原告丁原の場合)から短時間、口頭で逮捕状況や犯罪事実等を聴取したことにつきる。警察官らの右職員に対する説明にしても全く説明の域を出ず、職員自身が後に報告書の形にしなければならないものであった。職員らが警察官らに求めたのは右説明のみであり、証拠品(例えば原告らが写っている犯行現場写真など)を確認したわけでもなく、そもそもその調査の時期も原告らの氏名すら判明していなかった初期の捜査段階であった。

(3) 被告らが警察官らより「事情聴取」したなどと主張するその内容は、警察当局が「クラブ」の新聞記者に対してなす説明と同様なものにほかならないのであって、これをあたかも特別なものとするが如き被告らの主張は不当である。右のことは、たとえ警察官らが被告ら職員に対して真実らしい雰囲気をもって接したとしても、そのことによって説明や被告らの調査内容が客観性をおびるものではない。

(4) 被告らは、前記の警察官らの説明のほかに、新聞報道なども客観的資料としたかのように主張するようであるが、新聞報道などは特別な場合を除いて、そもそも客観的な認定資料たりうるものではなく(警察関係情報は一方的であって記者としてはこれを鵜のみにするしかない。)、また本件においては、原告らの行為を直接具体的に報道したものは存しない。

(5) 更に本件においては、被告らも自認するように、原告甲野、同乙山、同丁原、同甲山については、本件懲戒免職処分をするにあたり弁解の機会を形式的にすら与えようとはしていない。

(6) このように、被告らの本件懲戒事由の認定手続はずさんかつ偏頗というほかなく、社会通念上からしても到底許し難いものといわなければならない。

(二) 起訴休職制度逸脱の違法性

国公法七九条二号に規定する起訴休職制度は、我が刑事訴訟法上、被告人は確定判決があるまで無罪の推定を受けるものであること、刑事事件となった行為等の事実関係及び罪責の認定は、司法裁判所の公権的判断に委ねることが公務員の身分保障の要請に合致すること、一般に懲戒処分権者はその事実関係についての客観的事実認定の資料収集に限界があり、仮に有罪判決の予想がなし得る場合にも懲戒判断にあたって必要不可欠な犯罪事実の存否、その違法性・有責性の有無・程度、それらが企業体に及ぼす影響等の総合判定に十全を期することは到底不可能であること等から導かれる被処分者の身分保障制度なのである。したがって、公務員が刑事事件について起訴されたときは、原則として休職処分に留めるべきであり、懲戒判断は有罪判決が確定したとき初めてなし得る、とするのが右起訴休職制度の趣旨から当然導かれる制約というべきである。

本件懲戒免職処分は、原告戊田については公訴提起がなされたことを知りながら、またその余の原告については公訴の提起を十分予想しながら、右の如き起訴休職制度の存在及びその趣旨を全く無視し、必要な事実関係を何ひとつ具体的・客観的に認定することなくなされたものであるから、違法である。

(三) 労働協約逸脱の違法性

本件懲戒免職処分時点において原告らが所属していた全逓信労働組合(以下「全逓」という。)と郵政省との間には「休職の取扱いに関する協約」が締結されているところ、同協約二条一項四号は「刑事事件に関し起訴された場合」には「休職の発令を行うものとする。」と定め、同条二項は「起訴による休職はその事案によりこれを行わないことができる。」と規定している。

この協約条項の趣旨は、国公法七九条の単なる再確認ではなく、刑事事件について起訴された場合の組合員の不利益の限度を画したものと解されるのであるから、被告らが原告らに対し休職ではなく本件懲戒免職処分に付したことは、右協約の規範的効力を無視し逸脱したもので違法である。

3  懲戒権の濫用

仮に、前記1及び2の主張が全て容れられないとしても、本件原告らの行為は、その従事する職務とは関係のない、しかも職場外のものであり、被告らにおいて起訴を十分に予想したか、起訴を確認したのであるから、被告らの企業秩序を確保するうえで免職より軽い起訴休職処分に付することによって、十分その目的を達し得たことが明らかである。この意味で本件懲戒免職処分は重きにすぎるものであって、被告らには懲戒権を濫用した違法がある。

六  被告らの、原告らの主張に対する答弁

1  原告らの主張1(一)ないし(三)はいずれも争う。

2(一)  原告らの主張2(一)、(二)はいずれも争う。

(二) 同2(三)のうち、全逓と郵政省との間で「休職の取扱いに関する協約」が締結されており、原告ら主張の規定が存在すること(ただし、この協約条項の趣旨については争う。)及び原告らが本件懲戒免職処分時にいずれも全逓の組合員であったことは認め、その余は争う。

3  原告らの主張3は争う。

七  被告らの反論

1(一)  原告らの主張1(一)(原告らの行為は正当行為である旨の主張)について

成田空港の建設及びその開港の手続が適法になされたことは、既に公知の事実であり、また、仮に一部の人間が、その建設・開港に反対しているとしても、現に成田空港は厳然と公共施設として有効に活用されている。

およそ法治国家である限り、成田空港の建設や開港が不当であるとしてこれに反対し、同空港の建設や開港の阻止を実現するための活動をするには、正当な言論活動や、民事・行政の各訴訟その他現行法秩序を否定しない手段・方法によりこれをなすべきである。仮に、同空港の設置そのものやその建設・開港等にどのような問題があったとしても、当時国家公務員であった原告らが、本件のような現行法秩序を否定する極めて過激な実力を伴う闘争に参加するなどした行為を当然に正当化できる道理はなく、かえって、右の行為は、民主主義を破壊し現行法秩序を覆すものというべきであるから、国民全体の奉仕者としてふさわしくない非行に当り、官職の信用を著しく失墜せしめたものというべきである。

(二) 国家公務員の職場外非行と懲戒処分について

(1) 国家公務員の義務の一つとして、国公法は、「職員はその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」(九九条)と規定しているが、これは、国家公務員の勤務関係の特殊性から、国民に対し公務の民主的・能率的な運営を保障するために、職員に対し、国民の信託に背くような行為をしてはならないことを規定するとともに、公務に対する信頼性を確保するために、勤務時間の内外を問わず、かつ職務上と否とにかかわらず、官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為を禁止する趣旨である。

また、国公法は、「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」(八二条三号)を懲戒処分事由の一つとしているが、これは、単に職場内、又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものではなく、国家公務員の社会的評価を低下、毀損する虞れがあると客観的に認められる職場外の職務遂行に関係のない所為をも包含するものであり、前記規定と相俟って国家公務員関係秩序の維持・確保を図っているものである。

(2) ところで、郵政省は、郵便事業・郵便貯金事業・簡易保険事業等の国の事業及び電気通信に関する行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関として設置されているものであり(郵政省設置法三条)、右の各事業は、あまねく公平にその役務を提供してその利用を通じて国民の経済生活の安定を図り、公共の福祉を増進することを目的として運営されているものである。そして、その各事業の内容は、国民生活全体の利益と密接な関連を有するものであり、公共企業体である国鉄より一層高度の公共性を有しているものといえる。そのため、郵政省が行う各事業は、その運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであって、その事業の円滑な運営の確保と並んでその廉潔性の保持についても、社会から一層要請ないし期待されているものといえ、職場外非行を行った国鉄職員に対する最高裁判決(昭和四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁)の趣旨は、郵政職員に対し、より妥当するものといえる。

したがって、郵政職員の行為に対し、国鉄の職員よりも更に厳しい規制がなされることには、十分な合理性がある。

2  懲戒処分を行うにあたっての事前の調査方法等について

懲戒処分を行うにあたっての事前の調査方法等については、国公法及び人事院規則は、何ら定めていないが、その趣旨は、懲戒処分権者の広範な裁量にゆだねているものと解すべきである。このように、懲戒処分をするにあたって、懲戒権者が当該職員の非違行為を認定するには、調査方法やその程度が法定され、それを充足することが要件とされているわけではないから、懲戒権者が何らかの方法により、非違行為が存在するとの心証を得た以上、その時点で直ちに懲戒処分を発令することは、何らさしつかえがないものというべきである。

この点に関し、原告らの中には、被告関東郵政局長が、原告ら自身に対し、本件懲戒処分を執行する以前に事情聴取するなど弁明の機会を与えなかったことを指摘し、被告関東郵政局長の調査方法が不十分、あるいは、不平等であると主張する。しかし、右の趣旨からしても、懲戒処分を行う場合、当該処分事案について、事前に当該職員から事情を聴取する必要があるか否かは、具体的事案の処理に当たっての懲戒権者の裁量に属する事項であり、懲戒権者において、その具体的事案の内容に照らし、その必要性がないと判断し、その判断が裁量の範囲を越えていない場合にまで、事情聴取をしなければならないという法律上の要請はなく、これを行わないとしても手続上何ら違法とされるものではない。

被告関東郵政局長は、原告甲野、同乙山、同丁原、同甲山につき、本件各処分をするに当り、同原告らから事情聴取をしていないが、これは同原告らに対する前記の非違行為の調査結果からして非違行為が明らかに認定でき、同原告らは当時捜査官の取調べに対して黙秘をしていて、被告関東郵政局長の指示を受けた調査官が同原告らに面会したとしても非違行為についての供述が得られるという期待がもてなかっただけでなく、仮に同原告らが右非違行為を否認するか、非違行為を行った経緯・動機のみを供述したとしても、右非違行為の認定を到底覆し得るものではなく、また、本件非違行為の重大性からすれば、犯情において酌むべきものはないとの判断によるものである。

右のとおり、被告関東郵政局長が、右原告らから事情聴取をせずに本件各処分を行ったことについては裁量権の範囲を越えたものとは到底いえないのであるから、右原告らの主張は根拠を欠くものであり、失当である。

3  起訴休職処分と懲戒処分との関係について

原告らは、職員が、刑事事件に関し起訴された場合又は起訴される見込みがある場合には、常に起訴休職を選択しなければならない旨主張するが、起訴休職処分に付するかあるいは起訴休職に付さず懲戒処分に付するかは、ひとえに処分権者の合理的裁量に委ねられているものというべきである。

そして、職員が刑事事件を惹起した場合、その起訴前・起訴後を問わず、また、起訴休職処分を経ずにいつでも懲戒処分に付すことができることは、国公法上、

① 懲戒処分の執行時期については、何ら制限していないこと、

② 刑事裁判が進行中でも懲戒処分はそれに覊束されず、また、刑事罰と懲戒処分の併科は妨げないことを認めその事件が刑事裁判所に係属する間においても、人事院の承認を得ることにより懲戒手続を進行させることができること(八五条)、

③ 起訴休職処分については、刑事事件に関し起訴された場合、「これを休職することができる。」(七九条)と規定し、起訴休職処分に付することを義務づけていないこと、

等からもあきらかである。そして、郵政部内の労働協約「休職の取扱いに関する協約」二条二項も、「起訴による休職は、その事案によりこれを行わないことができる。」と規定し、必ずしも起訴休職処分に付さなくてもよい旨定め、さらに郵政部内の通達「職員の休職の取扱いについて」二条関係においても「なお、その罪状が明白であって、かつ、その情の重い場合は速やかに所定の手続を経て懲戒免職の措置をとるものとする。」と定め、同条関係「注」(1)においても「犯罪事実が明白であって、かつ、その情の重いものについては、できる限り起訴前に速やかに懲戒免職処分を行うことを原則とする。」と定めているところである。

したがって、いずれの規定からも、原告らの右主張は失当といわざるを得ない。

八  原告らの、被告らの反論に対する答弁

1  被告らの反論1(一)、(二)はいずれも争う。

2  同2は争う。

3  同3は争う。

郵政部内の通達「職員の休職の取扱いについて」二条関係の「罪状が明白な場合」とは、司法判断を待つまでもなく、非違行為についての客観的認定資料が存在し、かつその罪状が右資料等によって何人も疑いをいれない程度に確定し得る場合と解すべきである。しかるに、本件は右場合に該当しない。

また、「休職の取扱いに関する協約」二条二項は、休職処分に付さず、職務に従事させる場合のことなのであって、休職ではなく、免職処分をなし得ることを意味するものではない。

第三証拠《省略》

理由

一  原告甲野は和光郵便局集配課に、同乙山は千葉郵便局第一集配課に、同丙川は晴海通常郵便集中局発着課に、同丁原は中原郵便局第二集配課に、同戊田は草加郵便局第一集配課に、同甲山は中原郵便局第三集配課に、別紙一記載の処分年月日までそれぞれ勤務する郵政事務官であったこと、被告らは原告らに対して、別紙二記載の処分理由をもって本件懲戒免職処分を行ったこと、原告甲野及び同乙山が、昭和五三年三月二六日のいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争当日、成田空港管制室内で逮捕されたこと、同丁原及び同丙川が、同日成田空港構内で逮捕されたこと、同戊田が、同日、千葉県成田市東峰三〇付近において逮捕されたこと、同甲山が、同年五月二〇日のいわゆる五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争当日、同県山武郡芝山町大里一八付近において逮捕されたこと、原告らはいずれも兇器準備集合罪等の罪名により起訴されたこと、右起訴にかかる公訴事実がいずれも被告らの主張するとおりの内容であることについては、いずれも当事者間に争いがない。

被告らは、本件非違行為は国公法八二条一号及び三号所定の各懲戒事由に該当する旨主張するので、以下この点について検討する。

二  懲戒事由の存否及びその認定手続

1  いわゆる三・二六及び五・二〇事件の概要

《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  いわゆる三・二六事件の概要

(1) 成田空港は、東京国際空港(羽田)の混雑状況を解消し、航空輸送のひっ迫した需要を満たし、かつ航空輸送の安全性を確保することを目的として、新東京国際空港公団による国家的事業として建設が進められてきた。そして、昭和五三年三月には第一期全工事が完了し、同月三〇日には内閣総理大臣出席のうえ、開港記念式典を挙行することになっていた。

ところが、この成田空港開港に反対し、実力による開港絶対阻止を標榜する反対諸勢力は、同年三月に入ってから随所において成田空港関係諸施設や、これらの警備にあたる警察官などに対し、火炎びんその他による破壊活動や攻撃を展開し、同月中旬ころから同月二六日以降全勢力を結集し、開港絶対阻止のために立ち上る態勢固めを進めていた。

このような不穏な事態に対して警察は、機動隊員約一万四〇〇〇名を配備して厳戒体制をとった。

(2) 同年三月二六日、成田空港の管制塔の占拠、破壊等を目的とする、いわゆる過激派集団は、各種の役割ごとに編成され、午後一時ころから同空港内外の各所において同時多発的に行動を開始し、警備にあたる警察官らに対して火炎びんや石塊を投げつけ、鉄パイプなどで殴りかかるなどの攻撃を行う激しいゲリラ活動を繰りひろげた。すなわち、空港内においては、京成空港駅付近のマンホールから侵入して空港の中枢的施設である空港管制塔に突入し、同管制塔一六階の管制室を占拠し、同室内の管制卓やマイクロ回線その他の重要管制機器をハンマーで破壊するなどして大打撃を与え、あるいは第九ゲート及び第八の一ゲートから侵入して空港管理ビル、空港警察署あるいは機動隊仮宿舎等を攻撃し、また、空港外においては、東峰十字路付近、横堀要さい付近等において警備にあたっていた機動隊員らに対して火炎びんや石塊を投げつけ、鉄パイプなどで殴りかかるなどの激しい攻撃を約三〇分にわたり繰り返した。この結果、空港機能は麻痺し、予定された開港も延期せざるを得なくなった。

(3) この三月二六日の、いわゆる過激派集団による管制塔等空港関係諸施設に対する破壊活動や警備中の警察官に対する火炎びん等による攻撃等、無軌道極まりない暴力行為の実態と多数の被逮捕者が出たことが、同日以降新聞、テレビ、ラジオ等で生々しく報道されたが、翌二七日の読売、朝日、毎日の各新聞朝刊の一面には、「過激派、成田管制室を破壊」という同一見出しで、管制室を占拠した六名の侵入経路、航空管理施設をハンマーで破壊した状況及び逮捕状況などが写真入りで詳細に報道された。

そして、まもなく被逮捕者の中に公務員多数が含まれていることが判明し、同年四月二日以降、これら公務員は新聞等報道機関により「管制塔襲撃は公務員集団」、「突撃隊主力に公務員」、「郵便局員が二人」、「過激派の温床……公務員」などと大々的に報道され、国民各層から厳しく非難されるに至った。

(4) 第八四回通常国会においては、三月二六日の新東京国際空港におけるいわゆる過激派集団の前記暴力、破壊行為について、同月二九日参議院、翌三〇日衆議院で国務大臣からその事案の報告がなされ、更に同年四月六日衆議院で、同月一〇日参議院でそれぞれ「過激派集団の空港諸施設に対する破壊行動は、明らかに法治国家への挑戦であり、平和と民主主義の名において許し得ざる暴挙である。政府は暴力排除に断固たる処置をとるべきである。」旨の新東京国際空港問題に関する決議案が超党派で決議された。

(二)  いわゆる五・二〇事件の概要

(1) 政府は、昭和五三年四月四日新東京国際空港関係閣僚会議を開き、成田空港の新たな開港日を同年五月二〇日、運行開始日を同月二一日とすることを決定するとともに、同空港の安全対策、過激派取締りの強化などを盛り込んだ「新東京国際空港の開港と安全確保対策要綱」を決め、五月二〇日の出直し開港日を目ざして着々と準備を進めた。そして、成田空港は、同年五月二〇日約一万三〇〇〇人の機動隊員に守られる異常な雰囲気の中で、運輸大臣出席のもとに開港式典を行い、同日から二四時間の管理体制に入った。

(2) これに対し、出直し開港粉砕を叫ぶ反対諸勢力は、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争におけるいわゆる過激派集団の空港諸施設の破壊活動に対して厳しい非難のある中で、再び五月一八日から同月二二日までを五日間闘争として二〇日を最大のヤマ場に設定し全国各地から支援者を動員し、航空関連施設や空港への交通機関の破壊活動を展開するとともに、五月二〇日夜、空港周辺、航空関連施設に対し同時多発のゲリラ的破壊活動に出た。すなわち、火炎びん、鉄パイプなどで武装した約一三〇〇人の過激派は、二〇日午後七時ころ火炎びんを満載したトラックを先頭に二手に分かれて行動を開始し、そのうちの一隊約六〇〇人が空港第五ゲートから空港への突入を図り火炎びんを投げつけるなどして警備の機動隊と衝突、付近一帯は大混乱に陥った。また、過激派約一二〇人が同空港から約一五キロメートル離れた運輸省航空局山田航空レーダー局を襲撃して火炎びんを投げつけるなどしたほか、千葉県夷隅郡御宿町の超短波無線標識所をも、火炎びんと鉄パイプで武装した二〇ないし三〇人の過激派が襲撃し諸施設を破壊した。

(3) この五月二〇日のいわゆる過激派集団による成田空港関係諸施設に対する破壊活動や警備中の警察官に対する火炎びん等による攻撃等の過激な暴力行為の実態と多数の被逮捕者が出たことが同日以降新聞、テレビ、ラジオ等で生々しく報道され、まもなく同年三月二六日の事件と同様被逮捕者の中に公務員多数が含まれていることが判明し、同年五月三〇日以降これら公務員は新聞等報道機関により「川崎の郵便局員ら」などと大々的に報道され、再び国民各層から厳しく非難されるに至った。

2  被告らが認定した原告らの非違行為及び本件懲戒免職処分をするに至った経緯

前記当事者間に争いのない事実並びに《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(一)  原告甲野について

(1) 原告甲野は、本件当時和光郵便局集配課に勤務していたが、昭和五三年三月二九日以降出勤しなかった。

同日朝、原告甲野から和光郵便局あてに同月二七日付の休暇届が郵送されて来た。その内容は、「一身上の都合で当分の間休暇を承認して下さい。」というもので、欠勤理由は不明確であり、同郵便局では原告甲野の出勤を待ってその処理をする予定であった。

(2) ところが、同月三一日付のサンケイ新聞朝刊に「これが逮捕の一五人」との見出しで、成田空港管制室襲撃事件の記事とその犯人の顔写真が掲載された。そして、同日朝、和光郵便局の伊藤局長は、その記事等を見たところ、「管制室」と書かれた写真欄の一番上の写真の男が原告甲野であることを発見した。また、同局の野口課長も伊藤局長からそのサンケイ新聞を見せられ、写真の男が原告甲野であることを確認した。

そこで、伊藤局長は、この新聞報道が真実であれば原告甲野が重大な非違行為を行ったこととなり、上司としてこれを黙過するわけにはいかないと判断し、同日中に野口課長を通じて関東郵政局へ右事実を報告した。

(3) 翌四月一日朝、関東郵政局から伊藤局長に対し、千葉中央警察署に赴き、成田空港管制室襲撃事件に参加し逮捕勾留されている者の中に原告甲野がいるかどうかを確認し、併せて取調担当官からその事情を聴くなどの調査をするよう指示があった。

そこで、同日午後、関東郵政局の右指示に基づき、伊藤局長の命を受けた野口課長及び原告甲野の上司であった真鍋課長は、同署に赴き、取調担当官である千葉県警察本部の高木警部補に面会し、高木警部補の案内で同署の取調室前に行き、その取調室のガラス越しにいわゆる面通しした結果、同室内のいすに腰かけている者が、原告甲野に間違いないことを確認した。

(4) その後、野口課長及び真鍋課長が同署において高木警部補から原告甲野が逮捕されたときの状況等について事情聴取した結果、

(ア) 原告甲野は、同年三月二六日、前記新聞等で報道されているとおり、報道関係者の目前で、管制室を六名で襲撃占拠して、通信機器を破壊し、同日午後三時三一分ころ管制室の中で現行犯逮捕されたこと、また、犯行が行われた管制室の中には、ハンマー等があったこと、

(イ) その容疑罪名は、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、兇器準備集合、公務執行妨害、建造物侵入、建造物損壊及び航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律違反ということであったこと、

(ウ) 原告甲野は、逮捕された際、前部に「労共闘」、後部に「戦旗」という文字の入った赤ヘルメットをかぶり、茶色のコールテンジャケット及び紺色のズボンを着用し、軍手一双と白色のタオルを所持していたこと、等が判明した。

(5) 野口課長は、同日中に原告甲野に関する前記調査結果を伊藤局長及び関東郵政局へ報告するとともに、同調査内容を報告書にまとめ伊藤局長に提出した。

被告関東郵政局長は、原告甲野に対する懲戒処分の要否について慎重に検討した結果、右調査結果から原告甲野がいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加して、同空港管制室を占拠し、その通信機器類を破壊する等の非違行為を行った者の中の一名に間違いないものと認定し、右行為は極めて悪質な暴力的破壊行為であって、法治国家として到底許容し得ない極めて反社会性の強いものであり、郵政職員として官職の信用を著しく失墜させたばかりでなく、国民全体の奉仕者として誠にふさわしくない非行であるから、同人を懲戒免職処分に付すことが相当であると判断した。そこで、被告関東郵政局長は、同年四月四日同処分を発令し、同日野口課長らを原告甲野が勾留されている千葉中央警察署に赴かせ、原告甲野に本件懲戒処分書等を交付させた。

(二)  原告乙山について

(1) 原告乙山夏夫は、当時千葉郵便局第一集配課に勤務していたが、昭和五三年三月二七日以降出勤すべきであったにもかかわらず出勤しなかった。このため、千葉郵便局では、同月二七日及び翌二八日の両日にわたって同局管理者らを原告乙山の居住する千葉市《番地省略》所在のアパートに赴かせたが、同原告が不在で欠勤理由は不明であった。

(2) 同月三一日朝、原告乙山の上司である伊藤課長が、同日付のサンケイ新聞朝刊に成田空港管制室襲撃事件で逮捕された者の顔写真が掲載されていたのを見て、その中に原告乙山の写真があるのを発見し、その旨同局局長宮崎元喜(以下「宮崎局長」という。)に報告した。その際、立ち会った篠田課長も、「管制室」と書かれた写真欄の下から二番目の写真の男が原告乙山であることを確認した。

そこで、同日午前八時三〇分ころ、宮崎局長の指示によりその旨関東郵政局に報告したところ、同郵政局から同日警察に照会して原告乙山の非違行為の事実を調査し、報告するよう指示があったことに伴い、同日午前一〇時ころ宮崎局長の命により篠田課長及び同局庶務課主事徳本義栄は同局所在地を管轄している千葉中央警察署に赴き、同署警備課第一主任小川某に面会し、原告乙山の顔写真が載っている前記サンケイ新聞を見せ、原告乙山の確認及び取調担当官に面会を求めたが、取調担当官はたまたま取調中ということで会うことができなかった。

(3) 翌四月一日同署からの連絡を受け、篠田課長及び伊藤課長(以下「篠田課長ら」という。)は、宮崎局長の命により同署に赴き、取調担当官である千葉県警察本部捜査第一課警部補吉田広視(以下「吉田警部補」という。)に面会し、吉田警部補の案内で同署取調室前に行き、のぞきガラス窓からいわゆる面通しをした結果、同室内の机の前で椅子に腰かけ、バナナを食べている者が、原告乙山に間違いないことを確認した。

(4) その後、篠田課長らが同署において吉田警部補から原告乙山が逮捕されたときの状況等について事情聴取した結果、

(ア) 原告乙山は、三月二六日報道関係の人が多数見ている前で管制室の通信機器類を破壊し、管制室の中で現行犯逮捕された六人のうちの一人であること、

(イ) その容疑罪名は、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、兇器準備集合、公務執行妨害、建造物侵入、建造物損壊及び航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律違反であること、

(ウ) 原告乙山は、逮捕された際、前後に「学生共闘」と記載された赤ヘルメットをかぶり、あずき色のヤッケ、カーキ色のズボンを着用し、黒皮製のあみあげ靴をはき、ゴーグル、水色のタオル、軍手を所持していたこと、

(エ) 起訴については、そのうちされる見込みであること、

等が判明した。

(5) 篠田課長は、原告乙山に関する右の調査結果を宮崎局長及び関東郵政局へ報告した。

被告関東郵政局長は、原告乙山に対する懲戒処分の要否について慎重に検討した結果、右の調査結果から原告乙山がいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加して同空港管制室を占拠し、その通信機器類を破壊する等の非違行為を行った者の中の一名に間違いないものと認定し、前記原告甲野と同様の理由により、原告乙山を懲戒免職処分に付することが相当であると判断した。そこで、被告関東郵政局長は、同年四月四日、原告乙山に対し懲戒免職処分を発令し、同日篠田課長らを原告乙山が勾留されている千葉中央警察署へ赴かせ、原告乙山に懲戒処分書等を交付させた。

(三)  原告丁原について

(1) 原告丁原冬夫は、本件当時中原郵便局第二集配課に勤務していたものであるが、昭和五三年三月三〇日、同課職員上原正光が同課の鈴木課長に対し「丁原君が警察に逮捕された。どこの警察にいるかわからない。」旨連絡して来た。このため、同局の文田課長は、古田土局長の命により、同局所在地を管轄している中原警察署に対し、右の事情を説明したうえ、原告丁原がどこに勾留されているのか、その調査を依頼した。

(2) 同年四月四日午後 同署から中原郵便局にいわゆる三・二六事件で逮捕された者の顔写真が神奈川県警にあるとの連絡があったため、同日文田課長が古田土局長の命により神奈川県警に赴き同事件で逮捕された者の顔写真を見たところ、その中に原告丁原の顔写真があるのを確認し、原告丁原が逮捕されたことが判明したほか、その際、原告丁原が、東金警察署に勾留されていることも判明した。

そこで、古田土局長は、文田課長に命じ関東郵政局に対し、右の事情を報告させたところ、関東郵政局から古田土局長に対し、東金警察署に赴き、勾留されている者が原告丁原本人であるかどうかの確認と非違行為の調査をするよう指示があった。

(3) 同月五日、関東郵政局の右指示に基づき、古田土局長の命を受けた文田課長及び鈴木課長は東金警察署に赴き、千葉県警察本部保安警ら部生活課吉田警部補の案内で、同署取調室前に行き透視窓からいわゆる面通しをした結果、黒の徳利セーター、チェックのズボンを着用している者が原告丁原に間違いないことを確認した。

(4) その後文田課長らは、同署において取調担当官である千葉地検の渡辺検事に面会し、原告丁原が逮捕されたときの状況等について事情聴取した結果、

(ア) 原告丁原は、同年三月二六日成田空港施設を破壊する目的をもって第八ゲートを突破して空港構内に乱入し、一般人の立入り禁止となっている成田空港構内の管理ビル付近に多数の者と火炎びん、鉄パイプ、石塊等を所持して集合し、警備中の警察官に対し、火炎びんを投げたり、鉄パイプで殴りつけ、あるいは投石する等の暴行を加えた集団の一人であり、同日午後一時五〇分ころから午後二時五分ころまでの間において、同空港管理ビル付近で現行犯逮捕されたこと、

(イ) その容疑罪名は、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、兇器準備集合、公務執行妨害、建造物侵入であること、

(ウ) 原告丁原は逮捕された際、前部に「三高共」後部に「神奈川」と書かれた赤ヘルメットをかぶり、緑色のタオルで覆面をし、あずき色のヤッケ、紺のジーパンを着用し、ナップザックを背負っており、また、軍手、ゴーグル、笛、電線の切れはし、簡易ライター二個を所持していたこと、

等が判明した。

文田課長は、右調査を終えて帰局後、原告丁原に関する右の調査結果を報告書にまとめ古田土局長に提出するとともに、関東郵政局に対しても報告した。

(5) そこで、被告関東郵政局長は、原告丁原も、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加し、同空港構内に侵入する等して逮捕されたものと認定し、前記原告甲野と同様の理由で懲戒免職相当と判断し、同年四月一五日原告丁原に対し同処分を発令し、文田課長らを原告丁原が勾留されている東金警察署に赴かせ、原告丁原を懲戒免職処分に付した。なお、原告丁原が処分発令にあたった文田課長らとの接見を拒否したため、文田課長らは、懲戒処分書及び処分説明書を配達証明付書留速達郵便物として郵送したところ、同日原告丁原に交付された。

(四)  原告戊田について

(1) 原告戊田は、本件当時草加郵便局第一集配課に勤務していたが、昭和五三年三月二八日以降出勤しなかった。そこで、同局の紺野局長は、同じ第一集配課職員にたずねたり、管理者を原告戊田居住のアパートに赴かせたが不在で、欠勤理由は不明であった。

(2) 同年四月三日、同課職員吉川一成が紺野局長に対し、弁護士から預ってきたとして、原告戊田作成名義の「警察に逮捕され、勾留中であるから出勤できない。」旨記載された休暇届を提出してきた。ところで、当時、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争事件で、郵便局の職員が数名逮捕されたという新聞報道もあったことから、紺野局長は、原告戊田もこの関係で逮捕、勾留されているのではないかと考え、同局所在地を管轄している草加警察署に対し、原告戊田がどこに勾留されているかについて調査方依頼するよう黒田課長に命じ、同課長はこれを行った。

(3) 同月四日同署から草加郵便局に対し、三月二六日成田空港関係で逮捕された者の中で身元の判明しない者の写真が同署に来ているので見てもらいたい旨の連絡があったため、同日黒田課長が紺野局長の命により同署に赴き、その写真を見たところ、その中に原告戊田の上半身が写っている写真があるのを確認し、同原告が三月二六日逮捕されたことが判明し、その際、同原告が八日市場警察署に勾留されていることも判明した。

そこで、黒田課長は、紺野局長にその旨報告するとともに、関東郵政局にも報告したところ、関東郵政局から紺野局長に対し、八日市場警察署に赴き逮捕、勾留されている者が原告戊田本人であるかどうかの確認と非違行為の調査をするよう指示があった。

(4) 四月五日、関東郵政局の右指示に基づき、紺野局長の命を受けた黒田課長及び原告戊田の上司である、第一集配課長福富昌之(以下「福富課長」という。)は、八日市場署に赴き、同原告が同署に勾留されていることを確認するとともに、同人に面会して事情聴取を行ったが、同原告は逮捕された経緯や逮捕されたことに対する弁明等を聞かれても全く語らず、また、犯行を否認する言動もなかった。

(5) 同日、黒田課長及び福富課長は、千葉県警察本部に赴き、取調担当官である千葉県警察本部第二機動隊捜査第二課長補佐大阪也に面会し、原告戊田が逮捕されたときの状況等について事情聴取した結果、

(ア) 原告戊田は、同年三月二六日成田空港及びその周辺において多数の者と警備中の警察官に立ち向い、投石し、鉄パイプを使って襲いかかったグループの一人で、逃げていくところを同日午後二時三分ころ成田市東峰三〇付近において警備中の機動隊員に現行犯逮捕されたこと、なお、同原告が火炎びんを投げていたかどうかは不明で、個々の実態は取調中であったこと、

(イ) その容疑罪名は、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、兇器準備集合、公務執行妨害であったこと、

(ウ) 原告戊田は、逮捕された際、白のテープを前と後に十字形に貼り、更に「連帯する会」と記載した赤ヘルメットをかぶり、白っぽいタオルで覆面をし、白に紺と黄色のチェックのジャンパー、グリーンのジーパンを着用し、やや長めの黒い靴をはき、更に「福田政府打倒、三里塚を闘う全国青年共闘、開港実力阻止、東山君虐殺糾弾」と書かれたゼッケンを着け、紺のTシャツ、白と赤の霜降模様のチョッキ、軍手、黒皮手袋、タオル二枚を所持していたこと、

(エ) 起訴の見通しについて、今回の事件で逮捕された者はほとんど起訴される模様であるが、詳しいことは四月一五日ころ判明すること、

等が判明した。

(6) 同月六日黒田課長は、原告戊田に関する右の調査結果を報告書にまとめ紺野局長に提出するとともに関東郵政局へ報告した。

(7) そこで、被告関東郵政局長は、原告戊田に対する懲戒処分の要否について慎重に検討した結果、前記の調査結果から、同原告が昭和五三年三月二六日成田空港の周辺において、過激な行動に参加する等して逮捕されたことは、一応明らかであったが、逮捕された場所が同空港構外であったことから、犯行集団の一員ではないかも知れないという疑いの余地もわずかに考えられたため、同原告の非違行為の認定及び懲戒処分の発令手続きについては、更に慎重を期することとして警察関係機関の今後の捜査結果をも考慮することとした。

(8) 同年四月一六日原告戊田が起訴されたため翌一七日関東郵政局は紺野局長に対し、千葉地検に赴き、公訴事実の内容を担当検事から調査するよう指示した。そこで、同日黒田課長及び福富課長は、紺野局長の命を受け、千葉地検に赴き、担当検事である千葉地検検事大木三千雄に面会し、同原告の公訴事実について聴取したが、この内容は、さきに黒田課長らが事実調査した内容とほぼ一致するほか、多数の警察官に傷害を負わせたとして傷害罪が追加されていた。

(9) 被告関東郵政局長は、前記調査結果と公訴事実とから総合的に判断し、原告戊田がいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加し、多数の者が警備中の警察官を襲撃した集団の一員であり、現行犯逮捕されたことが明白で、これを疑う余地はなくなったことから、前記甲野と同様の理由により、同人を懲戒免職処分に付すことが相当であると判断した。

(10) 同月一七日、被告関東郵政局長は、原告戊田を懲戒免職処分に付すための手続きとして、国公法八五条に基づく人事院の承認を得るため、関係書類を添えて郵政省人事局長あて上申した。

郵政省人事局は、同日付で人事院事務総長あて懲戒手続の進行について承認申請を行ったところ、同月一八日同事務総長から郵政事務次官あての文書をもって承認され、このことが関東郵政局へ通知された。

(11) 同月一九日被告関東郵政局長は、原告戊田に対し懲戒免職処分を発令し、黒田課長らを同原告が勾留されていた千葉刑務所に赴かせ、同日、同原告に懲戒処分書等を交付させた。

(五)  原告丙川について

(1) 原告丙川は、本件当時、晴海通常郵便集中局(以下「晴海局」という。)発着課に勤務していたものであるが、昭和五三年三月二八日勤務開始時刻に至るも出勤せず、午前九時二五分ころ原告の友人で乙田と称する女性から、原告の所属する発着課の今川課長に「丙川君は三月二六日逮捕されたので勤務できないから休みます。」旨の電話連絡があった。

今川課長から右電話連絡の内容の報告をうけた数納課長は、職員の逮捕というその重大性に鑑み、鍵和田局長に報告したのち、東京郵政局に連絡するとともに、事実確認の手がかりを得るため、同局所在地を管轄している月島警察署に中野主事を赴かせたが、同署でも具体的事実は判明しなかった。

(2) 同月三〇日午後四時三〇分ころ、原告丙川の友人で丁海と称する者から、今川課長に「丙川君は三月二六日に逮捕され、弁護士が接見したところ、当分の間出勤できない。」旨の電話連絡があり、今川課長から右電話連絡の報告をうけた数納課長は、その内容を直ちに鍵和田局長、東京郵政局及び月島警察署に連絡した。

このように二回にわたって外部からの電話連絡があったことにより、鍵和田局長らは、原告丙川が三月二六日に逮捕され、現在勾留されているとの強い確信を持つに至った。

(3) その後、四月二日付の朝日新聞には、「管制塔襲撃は公務員集団」、「占拠組二人は郵便局員」との見出しの記事が掲載され、管制室を占拠した六名のうち身元が確認できた者として、原告丙川の氏名及び所属局名等が記載され、更に、翌三日付の各新聞朝刊には、右と同趣旨の顔写真入りの記事が掲載された。

そこで、四月三日、数納課長は、東京郵政局に対して、右記事の内容等を報告したところ、同郵政局は既に右記事を承知しており、同課長に対して、原告丙川が勾留されていることに誤りがないか否かの確認と、同人が逮捕されるに至った経緯及びその非違行為等について調査するよう指示し、同指示内容は鍵和田局長に伝えられた。そこで、鍵和田局長は、労務担当でありかつ原告丙川をよく知っている中野主事に対し、右指示にそって調査を行うよう命じた。しかし、この時点では、調査先も不明であったことから、数納課長が、月島警察署と連絡をとり、千葉県警察本部保安警ら部保安課特別捜査第四班主任千葉県巡査部長高橋秀伍(以下「高橋巡査部長」という。)が、その担当者であることを確認した。

(4) 同日、中野主事は、千葉県警察本部に赴き、高橋巡査部長に面会し、原告丙川と接見させてくれるよう依頼したところ、高橋巡査部長から「原告丙川は、千葉刑務所に勾留されており、現在、接見禁止の措置がとられている。」旨の説明があり、原告丙川が勾留されていることを直接確認することはできなかった。しかし、中野主事は、被逮捕者の顔写真を閲覧したところ、「二一〇一番」の写真が原告丙川のものであることを確認した。

更に、中野主事は、高橋巡査部長から事情聴取をした結果、

(ア) 原告丙川は、昭和五三年三月二六日午後一時五六分ころ、成田空港構内の第八ゲート附近の路上で逮捕されたこと、

(イ) その際、原告丙川は、赤ヘルメットにタオルの覆面をし、ジャンパーに黒ズボンを着用し、ナップザックを背負っていたほか、角材、石塊二個、軍手を所持していたこと、

(ウ) その容疑罪名は、公務執行妨害、兇器準備集合、建造物侵入、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反であり、起訴される見込みであること、

等が判明した。また、その際、中野主事は、高橋巡査部長手持ちの原告丙川の侵入経路や逮捕地点等を示す見取図を転写した。

この調査により、原告丙川が管制室に侵入して、同所で逮捕されたとの前記新聞報道は誤報であるが、原告丙川は、いわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加し、同空港構内に侵入する等して逮捕され、千葉刑務所に勾留されていることが明らかとなった。

同日、中野主事は、右調査結果を、鍵和田局長や東京郵政局に報告したところ、東京郵政局は、鍵和田局長に対し、管理者が、千葉刑務所に赴き、再度調査するよう指示した。

(5) 同月四日、数納課長及び今川課長は、高橋巡査部長と共に千葉地検に赴き、原告丙川の取調べ担当検察官である同庁の松本検事に面会し、事情聴取をした結果、前記中野主事の調査結果に加えて、更に、

(ア) 原告丙川のヘルメットの前部には、「労共闘」、後部には「戦旗」と記載されていたこと、

(イ) 同原告は、ねずみ色のセーターも着用しており、ジャンパーはよもぎ色であったほか、黒の皮靴を履いていたこと、

(ウ) 同原告は、首に笛を下げていたが、笛はリーダーでないと所持していないところから、同人はリーダー格と思われること、

(エ) 同原告は、ライターも所持していたほか、同人が所持していた石塊はこぶし大であったこと、

(オ) 同原告には、道路運送車両法違反の前科があったこと、

等が判明した。

また、同日、午後四時一五分ころから約七分間、数納課長及び今川課長は、千葉刑務所第三面会室において、原告丙川と面会したが、その中で、今川課長の「ここにいることについて、君は自分で何をやったか分っているんですか。」、あるいは、「世間を騒がせたことについてどう思っているんですか、反省しているのか。」との質問に対し、原告丙川は、それぞれ「やったことは知っている。」、「当然のことをしたまでなので、反省はしていない。」旨答えた。

右調査結果は、その後、鍵和田局長及び東京郵政局に報告された。

(6) そこで、被告東京郵政局長は、原告丙川がいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争に参加し、同空港構内に侵入する等して逮捕されたものと認定し、その非違行為は前記原告甲野と同様の理由により懲戒免職処分相当であると判断した。そこで、同年四月一五日、原告丙川に対して同処分を発令し、同日東京郵政局人事部人事課考査係長及び数納課長を千葉刑務所に赴かせ、原告丙川に対し、同処分を執行した。

(六)  原告甲山について

(1) 原告甲山は、本件当時中原郵便局第三集配課に勤務していたが、昭和五三年五月二〇日以降出勤しなかったため(ただし、翌二一日は週休日で勤務を要しない。)、原告甲山居住のアパートや横浜市内に居住する同原告の母親にも電話をしたが、同原告の所在及びその欠勤理由は不明であった。

(2) 同月二三日文田課長は、前記のとおり同局職員であった原告丁原の例もあったので古田土局長の命により神奈川県警に赴き、いわゆる五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争で逮捕された者の顔写真を閲覧した結果、その中に原告甲山の顔写真があるのを確認し、その際原告甲山が逮捕され千葉刑務所に勾留されていることも判明した。

そして、中原局では、その旨関東郵政局へ報告したところ、関東郵政局から原告丁原の場合と同じように千葉刑務所に赴き原告甲山が勾留されていることの確認とその非違行為の調査をするよう指示があった。

(3) 同月二五日関東郵政局からの右指示に基づき、文田課長及び中原郵便局第三集配課長真田俊明(以下「真田課長」という。)は、奥平調査官らと共に千葉刑務所に赴き、同刑務所係官の案内で第一号取調室の前に行き、その扉の窓からいわゆる面通しをした結果、二人の取調官に取調べをうけていた白っぽいワイシャツを着ている長髪の男が原告甲山に間違いないことを確認した。

(4) 同日、文田課長及び真田課長は、奥平調査官らと共に千葉県警に赴き、取調担当官である千葉県警察本部刑事部捜査第一課課長補佐藤崎義英(以下「藤崎課長補佐」という。)に面会し、原告甲山が逮捕されたときの状況等について事情聴取した結果、

(ア) 原告甲山は、同年五月二〇日、多数の者と共謀の上、千葉県山武郡芝山町大里一八番地先空地及び同所周辺において違法行為の警戒、警備中の警察官の生命、身体に危害を加える目的をもって、火炎びん、鉄パイプを所持して集合し、前記任務に従事中の警察官に対し多数の火炎びんを投げつけるなどの暴行を加えた集団の一員で、同原告は同日午後七時四六分ころ、同町大里一八番地農協倉庫前付近で、持っていた最後の火炎びん一本を機動隊員に向って野球でいうところのサイドスローで投げつけたところを機動隊員三名に現認され、現行犯逮捕されたこと、

(イ) その容疑罪名は、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反、兇器準備集合、公務執行妨害であること、

(ウ) 原告甲山は、逮捕された際、右側面に「鉄塔撤去糾弾神奈川」と記載された赤ヘルメットをかぶり、あずき色のヤッケ、紺のジーパンを着用し、鉄パイプをひもを用いて背負い、軍手、タオルを所持していたこと、

等が判明した。

(5) そこで、被告関東郵政局長は、右各調査結果に基づき原告甲山は、いわゆる五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争に際し、同空港周辺において、警察官を襲撃する過激な行動に参加して逮捕されたものと認定し、その非違行為は、前記原告甲野と同じ理由により懲戒免職処分に相当すると判断した。そこで、同被告は、同年五月三一日、原告甲山に対して同処分を発令した。

そして、同日、奥平調査官と文田課長を原告甲山が勾留されている千葉刑務所に赴かせ、同原告を懲戒免職処分に付した。なお、原告甲山は、文田課長らの面会を拒否したため、文田課長らは同刑務所係官に、懲戒処分書及び処分説明書の交付を依頼し、同係官が、懲戒処分書等を原告甲山に提示したところ、原告甲山は、これを読んでからその受領を拒否した。そこで、文田課長らは、念のため、懲戒処分書等を配達証明付書留速達郵便物として、原告甲山あて郵送した。

3  有罪判決の存在

原告甲野、同乙山、同丁原、同丙川、同戊田は、被告らの主張3(一)ないし(三)各(2)記載の公訴事実により昭和五三年四月一六日いずれも起訴されたこと、同甲山は同じく被告らの主張3(四)(2)記載の公訴事実により同年六月一〇日起訴されたことはいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、原告らは右起訴の結果、次のような有罪判決を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 一審 東京地方裁判所

(本件原告)

(判決月日)

(判決内容)

甲野

昭和五六年二月一二日

懲役七年

乙山

昭和五六年二月一二日

懲役六年

丁原

昭和五五年四月二三日

懲役二年執行

猶予五年

戊田

昭和五五年七月七日

懲役二年執行

猶予五年

甲山

昭和五五年六月三〇日

懲役二年執行

猶予三年

丙川

昭和五五年四月二四日

懲役二年

(二) 二審 東京高等裁判所

丁原

昭和五六年一〇月二七日

控訴棄却

戊田

昭和五六年七月一五日

控訴棄却

甲山

昭和五七年三月九日

控訴棄却

丙川

昭和五六年八月二四日

一審判決破棄

懲役二年執行猶予五年

4  懲戒規定等の存在

国公法は、懲戒に関し、八二条において、国家公務員たる職員が同条一号ないし三号に掲げる懲戒事由の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができると規定し、その懲戒事由として、「この法律又はこの法律に基づく命令に違反した場合」(一号)、「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」(三号)を掲げているほか、服務に関し、九九条において、「職員は、その官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」と規定している。

5  本件非違行為の懲戒事由該当性

(一)  原告らが本件懲戒免職処分を受けるまで郵政職員であったことは当事者間に争いがなく、郵政職員は国公法上の一般職に属する国家公務員であるところ、国家公務員は、国民全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではないとされ(憲法一五条二項)、これを受けて国公法は、公務の民主的かつ能率的な運営を保障する見地から(国公法一条一項)、国家公務員の服務の根本基準として「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」(同法九六条一項)と定めている。かかる国家公務員の職務の特質及びその勤務関係の特殊性からすると、前記国公法八二条三号の「国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」の「非行」、及び同法九九条の「職員はその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。」旨の「行為」とは、単に職場内又は職務遂行に関係のある所為のみを対象としているものではなく、国家公務員の社会的評価を低下毀損する虞れがあると客観的に認められる職場外の職務遂行とは関係のない所為をもその対象としているものというべきである。

(二)  ところで、郵政省は、郵便事業・郵便貯金事業・簡易保険事業等の国の事業及び電気通信に関する行政事務を一体的に遂行する責任を負う行政機関として設置されているものであり、右の各事業は、あまねく公平にその役務を提供してその利用を通じて国民の経済生活の安定を図り、公共の福祉を増進することを目的として運営されているものである。そして、その各事業の内容は、国民生活全体の利益と密接な関連を有し、高度の公共性を有するものである。そのため、郵政省が行う各事業は、その運営内容のみならず、更に広くその事業のあり方自体が社会的な批判の対象とされるのであって、その事業の円滑な運営の確保とともにその廉潔性の保持についても、社会から強く要請ないし期待されているものといえる。

(三)  原告らは、前記認定のとおり、国民より強い批判を沿びたいわゆる三・二六成田空港開港阻止闘争あるいは五・二〇成田空港出直し開港阻止闘争に過激派の一員として参加し逮捕されたというものであって、その動機・目的が奈辺にあるにしろ、かかる反社会的な暴力行為への参加が、国家公務員たる郵政職員としてはもとより、一般市民としても到底許容され得ないものであることは多言を要しないところである。しかも、原告らのかかる行為が新聞等により大きく報道され、国民の耳目を聳動させたことは前認定のとおりである。これら右非違行為の態様や結果、これが与えた社会的影響等を総合して考察すると、右非行は、たとえそれが職場外で職務遂行と関係なく行われたものであり、また原告らの郵政省における地位及び職務内容が機械的労務に従事する郵政事務官にすぎなかったとしても、国民の郵政職員に対する信頼ないし信用を著しく害し、郵政職員としての官職を傷つけたばかりか、郵政省自体の社会的評価をも著しく低下毀損せしめ、更には郵政省として保持すべき職場秩序にも多くの悪影響を及ぼしたものといわざるを得ない。したがって、原告らの本件非違行為は、国公法八二条三号の懲戒事由に該当することはもとより、同法九九条に違反し、したがって同法八二条一号の懲戒事由にも該当するものというべきである。

(四)  なお、原告らは、国公法八二条一号及び三号はいわゆる職場外非行を対象としていないものと解すべきである旨主張するが、職場外で職務遂行と関係なく行われた行為であっても、一定の場合には懲戒事由となりうることは前記二5(一)のとおりであり、原告らの右主張は採用し得ない。

三  本件懲戒免職処分の相当性について

1  原告らの本件非違行為は、前記のとおりであって、その動機、目的はともあれ、その手段、態様、結果等において一点として酌量すべき事情はなく、国民全体の奉仕者として法令を遵守し、公共の利益のために職務に専念すべき立場にある国家公務員としておよそあるまじき非行であるといわなければならない。

2  このような本件非違行為の性質、手段、態様、結果等を総合すると、免職処分が職員としての地位を失わしめる重大な結果をもたらすもので慎重な配慮を要するものであるということを十分に考慮してみても、被告関東郵政局長、同東京郵政局長が原告らに対し、懲戒処分としていずれも免職処分を選択したことは必要かつやむを得なかったものと認められ、もとよりそれが社会通念上著しく妥当性を欠くものとはいえないし、懲戒権者に任された裁量権の範囲を越えこれを濫用したものということもできない。

四  原告らのその他の主張について

1  懲戒事由認定の手続に違法があるとの主張について

原告らは、被告らにおいて本件非違行為事実を認定したとする資料はその職員に命じて原告らが勾留されている警察署等に赴かせて警察官や検察官から短時間、口頭で逮捕状況や犯罪事実等を聴取したことによるのみで極めて不十分であること、また、原告丙川、同戊田を除く他の原告らについては形式的にも弁解の機会すら与えていないことを理由に、本件懲戒事由の認定手続はずさんかつ偏頗であり、したがって被告らは非違行為について十分な根拠もなく本件懲戒免職処分をしたものであるから、同処分は違法である旨主張する。

しかしながら、国家公務員たる職員の懲戒処分を行うにあたって、懲戒権者のなすべき事前の調査方法等については、何ら法令上の定めはないから、懲戒権者が懲戒処分をするにあたって如何なる方法により非違行為の存在を認定し、如何なる段階において懲戒処分をなすか等は懲戒権者の合理的裁量に委ねられているものというべきである。また、被処分者に予め弁解の機会を与えるかどうかについても、右と同様、懲戒権者の合理的裁量に委ねられているものというべきである。

しかして、被告らが原告らに対して、本件非違行為を認定して本件懲戒免職処分を発令するに至った経緯は、前記二2で認定したとおりであり、これをもって直ちにその判断要素の選択や判断過程に著しく合理性を欠くところがあるとまではいえないから、原告らの右主張は採用できない。

2  起訴休職制度を逸脱した違法があるとの主張について

原告らは、国公法七九条二号の起訴休職制度は被処分者の身分保障制度であるから、公務員が刑事事件について起訴されたときは、原則として休職処分に止めるべきであって、懲戒判断は有罪判決が確定したときに初めてなし得るものであるにも拘らず、被告らは、原告らが起訴され、又は起訴される可能性が高いことを十分認識しながら本件懲戒免職処分に及んだものであるから、同処分は右起訴休職制度の趣旨に反し、違法である旨主張する。

しかしながら、国公法に定める起訴休職制度は、起訴という手続を介して犯罪の嫌疑をかけられている職員をそのまま就労させておくことが不適当と認められる場合に、当該職員を一時的に職場から排除するためにとられる暫定的措置と解すべきものであって、起訴されたこと自体を要件とし、起訴の対象となった行為そのものの責任を追及するものではない。他方、懲戒処分は、起訴の有無にかかわらず、職員の非違行為が認定された場合にその非違行為そのものの責任を問うものである。このように、起訴休職処分と懲戒処分とは、その目的、事由、効果が異なる全く別個の制度であるうえ、国公法は、懲戒処分をなすべき時期について何ら制限しておらず、また、起訴された職員についても人事院の承認を経て懲戒手続を進めることができる旨を定めているから(八五条)、懲戒権者が起訴の有無及び刑事裁判の結果等に関係なく懲戒処分をなしたとしても、そのこと自体何ら違法ということはできない。

したがって、原告らの右主張は採用できない。

3  労働協約を逸脱した違法があるとの主張について

原告らは、郵政省と原告らが所属していた全逓との間に本件懲戒免職処分当時締結されていた「休職の取扱いに関する協約」二条一項四号は「刑事事件に関し起訴された場合」には「休職の発令を行うものとする。」と定め、同条二項は「起訴による休職はその事案によりこれを行わないことができる。」と規定していたところ、かかる協約条項は刑事事件について起訴された場合の組合員の不利益の限度を画したものであるから、被告らが原告らに対し、休職とせずに本件懲戒免職処分に付したことは、右協約に違反する旨主張する。

(一)  そこで検討するに、本件懲戒免職処分当時原告らがいずれも全逓の組合員であったこと、当時全逓と郵政省との間で「休職の取扱いに関する協約」(以下「協約」という。)が締結されていたこと、同協約二条一項四号及び同条二項には、原告ら主張の文言の規定が存在することは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1) 協約に関する郵政部内の通達「職員の休職の取扱いについて」二条関係では、職員が刑事事件に関し起訴された場合であっても、その罪状が明白であって、かつ、その情の重い場合は、速やかに所定の手続を経て懲戒免職の措置をとるものとしていること、

(2) 右通達同条関係の「注」では、犯罪事実が明白であって、かつ、その情の重いものについては、できるかぎり起訴前に速やかに懲戒免職処分を行うことを原則とするとしていること、

(3) 右通達同条関係の二項は、協約二条二項の「休職を行わないことができる場合」とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず、軽微であってその情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認するなどして、裁判の結果を待つ必要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事させても支障がないと客観的に認められる場合に限る、としていること、

(三)  右(一)、(二)と、国公法が前記のように懲戒処分を発すべき時期について何ら制限していないこと、更に同法は刑事裁判が進行中でも懲戒処分はそれに覊束されず、また、刑事罰と懲戒処分の併科は妨げないことを認め、その事件が刑事裁判所に係属する間においても、人事院の承認を得ることにより懲戒手続を進行させることができると定めていること(八五条)、また同法は起訴休職処分について、刑事事件に関し起訴された場合、「これを休職することができる。」(七九条)と規定し、起訴休職処分に付することを義務づけていないことを総合勘案すると、協約二条一項四号と同条二項は、国公法七九条二号をふまえたうえで、職員が起訴された場合には、原則として起訴休職の発令を行うことを明らかにしたものでこそあれ、それ以上に原告らが主張するように、職員が起訴された場合起訴休職処分しかとり得ず、懲戒免職処分をすることができないことまでをも規定したものとは解せられないから、原告らの右主張は失当である。

4  懲戒権の濫用であるとの主張について

なお原告らは、職場秩序を確保するうえで免職よりも軽い起訴休職処分に付することで十分であったから、本件懲戒免職処分は重すぎるもので懲戒権の濫用にあたり違法、無効である旨主張するが、懲戒処分と起訴休職処分との関係については前記四2において、また、本件懲戒免職処分が相当であることについては前記三において各説示のとおりであって、本件懲戒免職処分が裁量権を濫用したものということができないことは明らかである。

したがって、原告らの右主張は失当である。

五  結論

以上説示のとおり、本件懲戒免職処分はいずれも原告ら主張のような瑕疵はなく、適法というべきであって、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 近藤壽邦 裁判官鈴木浩美は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 渡邊昭)

〈以下省略〉

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